Care Network Design for Ambient Care 第1章
DX、AX、AI──
言葉だけを見ると、とても未来志向で、頼もしく聞こえます。
けれど現場の声に耳を傾けると、
- ツールは増えたのに、仕事は減った気がしない
- システムは新しくなったのに、「入力の手」はむしろ増えた
- 会議ではDXが語られるけれど、日々のケアはあまり変わっていない
そんな感覚も、確かに存在します。
そのギャップの大きな理由のひとつは、
「社内で何が、どこからどこへ、どれだけ流れているのか」が見えないままDX/AXを始めてしまうこと
だと感じています。
ネットワークの世界の言葉を借りるなら、
DXやAXを本当に前に進めるためには、まず
- トランザクション(やり取りの中身)
- トラフィック(やり取りの量と流れ方)
の両方を丁寧に見つめることが欠かせません。
1. 仕事も「パケット」として流れている
ネットワークの世界では、
情報は小さなまとまり=パケットとしてやり取りされます。
職場の仕事も、よく見るととても似ています。
- 「○○さんに確認しておいてください」
- 「この書類を、△△にも回しておいてください」
- 「この内容を、記録にも残しておいてください」
こうした一つひとつの指示・依頼は、
- 送り手(誰から)
- 宛先(誰へ)
- 中身(どんな情報)
- 経路(どのルートで伝わるか)
を持った 業務のパケット として、
社内ネットワークの中を行き来しています。
つまり、私たちの職場は、
人や部署をノードとしたひとつの「ケア・ネットワーク」であり、
そこに日々、無数の業務パケットが流れている──
そう捉えることができます。
2. トランザクションとトラフィックとは何か
ここでは、少しラフに次のように定義しておきます。
- トランザクション(Transaction)
→ 「誰が・何のために・どんな情報を・どこに動かしているか」という
業務の一つひとつの“やり取りの単位” - トラフィック(Traffic)
→ そのトランザクションが
どれくらいの量・頻度・タイミングで流れているか
たとえば、ある事業所の「1日」を切り取ると、こんなトランザクションが並びます。
- 利用者記録の入力:◯件
- 申し送りの作成・確認:◯件
- 電話での問い合わせ対応:◯件
- 各種帳票の作成・押印・回覧:◯件
- 会議の準備と議事録作成:◯本
それが1週間、1か月単位でどれくらい発生しているかが、
その職場の「トラフィック」です。
どんなパケットが、
誰から誰へ、
どれくらい流れているのか。
DX/AXは、本来この流れを見たうえで設計されるべきものです。
3. トランザクションとトラフィックが見えないDXが迷子になる理由
3-1. ツールから入ると「的外れ」になりやすい
トランザクションが見えていないと、DXはついこうなりがちです。
- 「紙が多いから、電子化しましょう」
- 「メールが多いから、チャットにしましょう」
- 「文章が長いから、AIで要約しましょう」
どれも、一見正しそうに見えます。
けれど本当に現場を苦しめているのが、
- 同じ内容を、少し形を変えて何度も書いていること
- 誰に聞けばよいか分からず、確認のやり取りが増えること
- 後工程のために、前工程が過度に複雑になっていること
だとしたら、
「箱」を変えるだけでは、なかなか負担は減りません。
何のためのトランザクションか が見えていなければ、
DXはどうしても「雰囲気のデジタル化」に寄っていきます。
3-2. どこを自動化すべきか決められない
AX(Automation / AI Transformation)も同じです。
- どの作業を自動化すると、現場が一番楽になるのか
- どこは人が関わるからこそ意味があるのか
これは、トラフィック(量と負荷)の情報なしには判断できません。
- 年に一度しか発生しない作業に、たくさん時間をかけて自動化しても、投資は回収しづらい
- 一方で、毎日数十回発生する単純なトランザクションを手付かずにすれば、「忙しさ」はほとんど変わりません
どの山が一番大きいのか
どこで渋滞が起きているのか
それが見えることが、AXの優先順位づけの前提になります。
3-3. 「DXしたのに、むしろ手数が増えた」という矛盾
トランザクションとトラフィックが見えないままツールを入れると、
しばしばこんなことが起きます。
- 従来の紙+口頭に加えて、「システム専用の入力欄」が増える
- メール+口頭に加えて、「チャットへの投稿」も求められる
- 記録+申し送りに加えて、「AI要約のための入力ルール」が増える
本来、AXは人を楽にするためのものですが、
設計がズレると、
「DXやAXのための仕事」が追加される
という、少し切ない構図になってしまいます。
4. まずやるべきは「きれいなフローチャート」ではなく、「流れの可視化」
ここで大事なのは、
きれいなフローチャートを描くこと
= 業務の見える化ではない
という点です。
DX/AXに本当に必要なのは、
**「仕事そのものの図」ではなく、「情報と手数の流れ」**です。
ステップ1:トランザクションを書き出す
特別なツールは必要ありません。
紙とペン、あるいはシート1枚で十分です。
1つの仕事を選んで、
- どのタイミングで
- 誰が
- 何を見て(どの紙・どの画面)
- 何を判断し・入力し
- どこに残しているか
を、簡単に書き出していきます。
たとえば福祉現場なら、
- 日中の様子をメモ帳に走り書き
- 夕方にそのメモを見ながらPCに記録を入力
- その記録をもとに申し送り資料に転記
- 会議用に、さらに要点をまとめて別資料に
といった「同じ情報の繰り返し入力」が、意外と多く見つかります。
これが、トランザクションの棚卸しです。
ステップ2:トラフィック(量・時間帯・偏り)を数える
次に、書き出したトランザクションについて、
- 1日あたり何回発生しているか
- 1回あたり、どのくらい時間がかかっているか
- 誰に負荷が集中しているか
- どの時間帯に混み合うか
を、ざっくりで構わないので数えてみます。
ここで求められるのは「正確さ」ではなく、
どのあたりに一番の“山”があるのか
どこで“渋滞”が起きているのか
が見える程度のラフさです。
5. トランザクション&トラフィックが見えると、DX/AXの優先順位が決まる
ここまで見えてくると、
DX/AXの打ち手は、自然に整理されていきます。
5-1. 「やめるDX」と「減らすAX」から始める
- そもそも不要になっている帳票・会議・二重記録をやめる/統合する
- 情報が散らばっているがゆえに発生している「確認」を減らす
これは、最もシンプルで効果の高いDXです。
ツールの前に、
「このトランザクションは、本当に必要だろうか」
「このトラフィックは、この量である必然性があるだろうか」
と問い直すことで、
“消すだけで終わる仕事” が見えてきます。
5-2. 「一次入力 → 自動連携」に絞ったAX
トランザクションを眺めていると、
こんなパターンがよく見えてきます。
- 最初の観察・記録は人が行う必要がある
- その後の転記・集計・別フォームへの書き写しは、実は自動でよい
ここに的を絞ったAXは、
現場の入力を増やすことなく、
その後ろにぶら下がる「手作業のトランザクション」を減らしていく
という設計がしやすくなります。
5-3. 「人がやる価値のあるトランザクション」に時間を戻す
トランザクション&トラフィックが揃って見えると、
- 自動化すべきところ
- やめる/減らすところ
- むしろ人の時間を増やしたいところ
がくっきり分かれてきます。
ケアの現場であれば、
- 利用者と向き合う対話の時間
- ご家族への丁寧な説明の時間
- 職員同士が振り返り・学び合う時間
そうした 「本来、増やしたいパケット」 に
時間とエネルギーを戻していくことこそが、
DX/AXのゴールなのだと思います。
6. まとめ:ツールの前に、流れを見る
第1章のメッセージを、一文でまとめるならこうなります。
DXやAXは、社内業務の「トランザクション」と「トラフィック」が分からないと進まない。
まずは、仕事の“流れ”を丁寧に見るところから始めてみよう。
- 何が
- 誰から誰へ
- どれくらいの頻度で
- どのルートを通って流れているのか
それを、
ケアの現場の実感を大切にしながら可視化していくこと。
そこから、
- どこをやめるか
- どこを減らすか
- どこを自動化するか
- そして、どこに人の時間を戻すか
が、ようやく見えてきます。
していきたいと思います。
