Care Network Design for Ambient Care 第6章(最終章)
これまでの章で、私たちはケアの現場を
- トランザクション(やり取りの単位)
- トラフィック(流れの量と波)
- ルーティング(経路の設計)
- 輻輳(特定ポイントでの詰まり)
- QoS(優先順位の設計)
- SPOF(単一障害点)と冗長化
といったネットワークの視点からDX・AXを眺めてきました。
最終章のテーマは、ここにAIをどう位置づけるかです。
AI は、すべてをなんとかしてくれる「万能のルーター」ではない。
ケアのネットワークの中に、賢い“処理ノード”として組み込む存在である。
この前提に立つとき、
AIとの付き合い方は、少し違った表情を見せてきます。
1. 「全部なんとかしてくれる箱」としてのAI像
まず、よく見かけるAIのイメージを、あえて極端に書いてみます。
- 文章を書いてくれる
- 書類を作ってくれる
- 予定も考えてくれる
- 判断もしてくれる(かもしれない)
この延長線上には、
「AIに投げれば、とりあえずなんとかしてくれる」
という“箱”としての期待があります。
ネットワークの比喩でいえば、
どんなパケットを流しても、
いい感じに捌いて、
必要なところに届けてくれる
超高性能な“万能ルーター”
のようなイメージです。
しかし現実のAIは、
- 文脈を取り違えることもあれば
- 古い情報を使ってしまうこともあり
- 「それっぽいけれどズレた答え」を出すこともあります。
つまり、
AIは「賢い」けれど、「責任を持ってくれる存在」ではない
というのが、まず押さえておきたいポイントです。
2. AIに向いている仕事・向いていない仕事
これまでの章で扱ってきた
トランザクションとトラフィックの視点から、
AIが得意とする領域を整理してみます。
2-1. AIが向いているトランザクション
おおまかに言えば、AIが特に力を発揮しやすいのは、こんな仕事です。
- 同じパターンが大量に発生する文章・記録の
- 整理
- 要約
- 下書き作成
- 既にある情報をもとにした
- 叩き台の作成
- 視点の洗い出し
- 代替案の提案
- 人がゼロからやると時間がかかる
- 文面のバリエーション出し
- 例文・フォーマットの作成
つまり、
「情報を扱う手数を減らす」系のトランザクション
には、とても相性がいいと言えます。
2-2. AIだけに任せてはいけないトランザクション
一方で、AIだけに任せるべきではない領域もはっきりあります。
- 法的・制度的な責任が伴う最終判断
- 命や安全に関わる優先順位づけ(A層の決定)
- 当事者の感情・関係性に深く踏み込む対話
- 「言葉になっていないサイン」を読み取るケア判断
これらは、
情報としては似ていても、
その裏にある文脈や責任の重さを、
人が引き受けるべきトランザクション
です。
AIが手伝えることはあっても、
置き換えてよい領域ではない、という線引きを
先に決めておくことが大切です。
3. AIを「処理ノード」として組み込む考え方
では、AIをケアのネットワークにどう組み込めばよいでしょうか。
ここで役に立つのが、
AI=“処理ノード”としての位置づけ
という考え方です。
3-1. ルーターではなく、「変換・整形の装置(コンバーター)」として
AIは、
- ばらばらな記録から、要点をまとめる
- 長い文章から、会議用の短いサマリーを作る
- 自由記述の相談内容を、いくつかの視点で整理し直す
といった、“変換・整形”を得意とします。
つまり、
あるノードから別のノードへ渡す前に、
パケット(情報)の形を整える中継点
として使うイメージです。
- before:ばらばらで扱いづらい情報
- AIノード:整理・要約・分類
- after:次の人が判断しやすい形
この「途中の一手間」をAIに任せることで、
人のトランザクションの負担を軽くすることができます。
3-2. ルートの“決定”ではなく、“比較材料”を出す役割
AIに向いているもうひとつの役割は、
「決める」のではなく、「比較材料を出す」こと
です。
たとえば、
- あるケースについて、3通りの対応案を出してもらう
- 利用者・家族への説明文の案を複数用意してもらう
- 記録から「気になりそうなポイント」をピックアップしてもらう
といった形で、
- 人がゼロから考えるのではなく
- 複数の選択肢を見比べながら、最終判断を行う
という協働のスタイルがしやすくなります。
4. 「AI前提」にしないための2つのルール
AIが便利になればなるほど、
気をつけたい点も出てきます。
4-1. 「AIがなかったらどうするか」を常に持っておく
AIを組み込むときに、
「AIが使えない日でも、最低限このルートで回る」
という考え方を残しておくことは、とても大事です。
- システムトラブル
- 利用できない環境
- 新しい事業所・小さな事業所 など
AIがない前提でも、
- 手書き/簡易な記録フォーマット
- 口頭+要点メモ
- 小さなチーム内での振り返り
といった「ベースとなる運用」があること。
そのうえで、
「AIがあると、どこがどれだけ楽になるか」
を積み上げていくイメージです。
4-2. 「AIのアウトプットをどう検証するか」を先に決める
AIを導入する前に、
- 誰が
- どの範囲を
- どんな視点でチェックするか
を決めておきます。
- A層(命・安全)は必ず人が一次から関与する
- B層(事務・期限仕事)は、AI案+人の最終確認
- C層(改善・学び)は、AI案を叩き台としてチームで議論
といったように、
層ごとに確認のスタイルを変えることもできます。
5. AIを「SPOF」にしない
第5章では、人に紐づいたSPOFについて考えましたが、
同じことはAIにも当てはまります。
- 「このAIツールがないと、仕事が回らない」
- 「このプロンプトにしかノウハウがない」
という状態は、
今度はAIそのものがSPOFになる危険をはらんでいます。
それを避けるためにも、
- AIを使ったフローと、使わない場合のフローを両方残しておく
- プロンプトや設定を「個人」ではなく「チームの資産」として共有する
- 特定の人だけがAI運用を握らないよう、複数人で関われる形にする
といった工夫が必要です。
6. ケアのネットワークにとってのAIの位置づけ
ここまでを踏まえると、
ケアのネットワークにおけるAIの位置づけは、こう整理できます。
- AIは、トランザクションを減らす“自動化装置”である前に、
人の判断や対話を支える“整形ノード・補助ノード”である - AIは、ルーティングを決める「司令塔」ではなく、
既に決めたルートを流れやすくする「変換点」である - AIは、ケアの主体ではなく、
ケアを支えるネットワークの一部として設計されるべき存在である
つまり、
AIを「主役」にするのではなく、
ケアする人とチームが主役でい続けるための“静かな味方”として配置する。
そんな距離感が、
Ambient Care Design にとってのAIの扱い方なのだと思います。
7. まとめ:AIも、人も、ネットワークの一部として設計する
Care Network Design for Ambient Care シリーズの最終章として、
メッセージを一文にまとめると、こうなります。
AIは“万能ルーター”として現場のすべてを背負わせるものではなく、
ケアのネットワークの中で、賢い処理ノードとして設計していく相棒である。
- 仕事をトランザクションとして見える化すること
- トラフィックの流れと波を知ること
- ルートを整え、輻輳をほどき、QoSを決めること
- SPOFを減らし、“できる人”をチームの設計者へと位置づけ直すこと
- そのうえで、AIを「人の仕事を支えるノード」として迎え入れること
これらはすべて、
「ケアの再人間化」を、
技術と設計の両方から支えるための視点
でもあります。
AIがどれだけ進化しても、
ケアの現場で向き合うのは、結局「人と人」です。
だからこそ、
人を中心に置いたままネットワークを設計し、
そこにAIというノードをどう紡ぎ込んでいくか。
Care Network Design for Ambient Care は、
その問いをこれからも静かに考え続けるための
ひとつのフレームワークとして、ここに置いておきたいと思います。
