介護分野における2025年は、「訪問介護の崩壊危機」と「科学的介護の実装」、そして「カスハラ対策の義務化」が主要なトピックとなった。団塊の世代が75歳以上となり、介護需要が爆発的に増加する一方で、それを支える供給サイド(人材・事業所)の脆弱性が極限まで露呈した。
1. 訪問介護事業所の「過去最多」倒産と在宅崩壊
【概要】 在宅介護の要(かなめ)である訪問介護(ホームヘルパー)事業所の倒産が、3年連続で過去最多を更新した。深刻なヘルパー不足と、2024年度報酬改定による基本報酬の引き下げが直撃し、サービス提供が物理的に不可能になる「介護難民」発生地域が拡大した。
【詳細分析】 東京商工リサーチ(TSR)の調査によれば、2025年の訪問介護事業者の倒産件数は11月末時点で85件に達し、前年の81件を超えて過去最多を更新した 。 倒産の要因分析:
- ヘルパー不足と賃金格差: 最大の要因は人手不足である。他産業が5%台の大幅な賃上げを行う中、介護業界の賃上げ率は2.58%にとどまっており 、人材の流出が止まらない。
- 報酬改定の打撃: 2024年度改定で訪問介護の基本報酬が引き下げられたことが、利益率の低い小規模事業所の体力を奪った。
- コスト高: ガソリン代、光熱費、介護用品価格の高騰が、移動を伴う訪問サービスの収益構造を破壊した。
- 小規模事業者の脆弱性: 倒産した事業者の約9割が負債1億円未満の小規模事業者であり 、地域に密着していた「街のヘルパーさん」が次々と姿を消している。
【インサイト】 訪問介護の崩壊は、「地域包括ケアシステム」の根幹を揺るがす事態である。国が推進してきた「施設から在宅へ」という流れは、訪問ヘルパーという伴走者がいて初めて成立する。このパーツが欠落することで、在宅生活が維持できなくなった高齢者が特養や有料老人ホームへ殺到する、あるいは家族介護(ヤングケアラー・ビジネスケアラー)の負担が急増するというドミノ倒しが2025年に進行した。これは市場原理だけでは解決できない「不採算部門の公的維持」の議論を喚起している。
2. カスタマーハラスメント(カスハラ)対策の義務化
【概要】 介護現場における利用者や家族からのハラスメント(カスハラ)対策が、全事業者に義務付けられる方針が固まった。人材流出の主要因の一つであるハラスメントに対し、国が法的枠組みで対応に乗り出した歴史的な転換点である。
【詳細分析】 2025年10月、厚生労働省の社会保障審議会・介護給付費分科会において、すべての介護事業者に対し、カスハラ対策を義務付ける方針が示され、運営基準の改正に向けた準備が進められた 。
- 義務化の内容: 対応マニュアルの作成、職員への研修実施、相談体制の整備、ハラスメント発生時の組織的対応。
- 背景: 現場では、利用者からの身体的暴力やセクハラ、家族からの理不尽な要求や暴言が常態化しており、これが離職の大きな原因となっていた。
- 運用の変化: 対策の強化に伴い、重要事項説明書にハラスメント条項を盛り込み、悪質なケースにおいては契約解除を可能とするガイドラインの整備も進んでいる。
【インサイト】 ケアの倫理と労働者の権利のバランスが再定義された年である。かつての「奉仕の精神」「お客様は神様」に依存した労働慣行は限界を迎え、介護職が「専門職」として対等な立場でサービスを提供する契約関係への転換が求められている。カスハラ対策の義務化は、その法的な裏付けとなる重要なステップであり、事業者は「職員を守る」姿勢を明確にしなければ人材を確保できない時代となった。
3. LIFE(科学的介護情報システム)のアウトカム評価厳格化
【概要】 データに基づいた介護(科学的介護)を目指す「LIFE」の運用が深化し、2026年度報酬改定を見据えた「アウトカム(成果)」評価への移行が焦点となった。
【詳細分析】 2025年は、LIFEへのデータ提出が定着した段階から、そのデータをいかにケアの質向上(PDCAサイクル)に結びつけるかが問われる段階へ移行した。次期報酬改定に向けた議論では、単にデータを提出するだけでなく、「排泄自立度が向上した」「褥瘡が改善した」「食事摂取量が増えた」といった具体的な成果(アウトカム)を出した事業所を高く評価する方向性が明確に示された 。 これにより、現場ではタブレット端末等を用いた記録業務のDX化と、LIFEからのフィードバックデータの分析・活用が急務となった。一方で、データ入力の負担感は依然として強く、中小事業所ではシステム対応の遅れが経営格差(加算算定の可否)につながりつつある。
【インサイト】 介護の「質」の可視化は不可逆的な流れである。これまでの「サービス提供時間」や「要介護度」に応じた報酬体系から、「自立支援の成果」に対する成果報酬的な要素が強まることで、事業所には「お世話する介護」から「良くする介護」への意識変革が迫られている。しかし、重度者対応を中心とする特養などでは、状態維持が精一杯という現実もあり、アウトカム評価の公平性については議論の余地が残る。
4. 外国人介護人材の新制度「育成就労」と世界的な獲得競争
【概要】 技能実習制度に代わる新制度「育成就労」の導入に向けた準備が本格化した。転籍制限の緩和や日本語能力要件の見直しなど、激化する国際的な人材獲得競争を見据えた制度設計が議論された。
【詳細分析】 2027年までの導入が予定されている「育成就労制度」に関し、2025年はその詳細設計(基本方針や分野別運用方針)が詰められた年であった 。
- 制度の目的変更: 従来の技能実習制度が「国際貢献」を建前としていたのに対し、新制度は明確に「人材確保と育成」を目的とし、特定技能へのスムーズな移行を前提としている。
- 転籍制限の緩和: 最も大きな論点であった「転籍(転職)」について、原則1年~2年での転籍を認める方向で調整が進んだ。これにより、劣悪な労働環境の事業所からは人材が流出することになる。
- 特定技能試験の状況: 外食業など他分野との競合も激しく、介護分野への人材流入をどう維持するかが課題となっている。2025年の試験データでは、ベトナムやインドネシアからの受験者が多いが、合格率の推移も注視されている 。
【インサイト】 日本の介護現場は、もはや外国人材なしには成立しない。2025年は、外国人材を単なる「安価な労働力」ではなく、「将来の中核職員」として育成し定着させるためのマネジメント能力が、日本人管理者層に問われた年でもあった。「選ばれる国」「選ばれる事業所」にならなければ、人材は韓国や台湾、欧米へと流れていく現実を突きつけられている。
5. 2026年度に向けたプラス改定と賃上げへの政治決断
【概要】 2025年末、政府は2026年度(および2025年度補正を含む)に向けた報酬改定率を決定した。介護報酬は+2.03%という異例のプラス改定となり、介護職員に対する月額最大1.9万円の賃上げ方針が打ち出された。
【詳細分析】 2025年12月26日、政府は来年度予算案を閣議決定し、介護報酬本体を+2.03%引き上げることを決定した 。これは2019年の特定処遇改善加算創設時(2.13%)以来の高水準である。
- 賃上げ: 介護職員1人当たり月額1.9万円(定昇込み)程度の賃上げを目指す。
- 対象拡大: これまで処遇改善の対象外であったケアマネジャー(居宅介護支援)なども初めて賃上げ対象に含まれたことが大きなポイントである。
- 背景: 物価高騰と他産業への人材流出に対する強い危機感が、財務省の緊縮財政論を押し切った形となった。
【インサイト】 この賃上げ決定は、介護崩壊を食い止めるための「止血処置」としての意味合いが強い。しかし、全産業の賃上げペースには依然として追いついておらず、1.9万円の引き上げで人材が戻ってくるかは不透明である。また、加算による賃上げは事務手続きが複雑であり、小規模事業所が制度をフル活用できるかという課題も残されている。
