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医療分野における2025年のトレンドワードTop5と詳細分析

2025年の医療界は、2024年4月に施行された「医師の働き方改革」の実質的な影響(副作用)が地域医療の現場で表面化した年であり、同時にデジタルトランスフォーメーション(DX)の強制的な進展に伴う摩擦と、医薬品供給不安という物流課題に直面した年であった。これらの要素は、医療機関の経営基盤を揺るがし、過去最多の倒産件数という形で顕在化した。

1. 医師の働き方改革:地域医療体制への「副作用」と救急の縮小

【概要】 2024年4月に施行された医師の時間外労働規制(働き方改革)は、施行から1年が経過した2025年において、その影響が地域医療の現場で深刻な形で可視化された。医師の健康確保という大義の裏で、労働時間の上限規制が大学病院からの医師派遣引き揚げを招き、地方病院の救急・当直体制が機能不全に陥る事例が多発した。

【詳細分析】 医師の働き方改革は、勤務医の時間外労働時間を原則年960時間(A水準)、特例で年1860時間(B・C水準)に規制するものである。2025年に行われた各種調査によれば、制度導入から1年以上が経過したにもかかわらず、依然として医師の約6割が「労働時間の短縮を実感できていない」と回答している 。これは、タスクシフト(業務移管)が進まない中で、書類上の時間管理だけが厳格化された結果、医師が「自己研鑽」という名目で実質的な労働を続けざるを得ない現状を示唆している。   

より深刻なのは、地域医療提供体制への波及効果である。日本病院会等の調査によると、「自院で直接的な影響は生じていないが、地域全体で影響が生じている」とする回答が散見された。具体的に生じている影響として、「救急医療体制の縮小・撤退」を挙げた病院が67.2%に達し、「外来診療体制の縮小・撤退」も35.2%、「小児医療体制の縮小」が26.2%を記録した 。   

このメカニズムは以下の通りである:

  1. 大学病院の引き揚げ: 大学病院の医局員も労働時間規制の対象となるため、これまで地方の関連病院に派遣していた「アルバイト(宿日直)」要員を引き揚げざるを得なくなった。
  2. 地方病院の人手不足: 派遣医師によって夜間・休日の救急外来を維持していた地方の中核病院は、マンパワーを確保できず、救急受け入れを制限(断り)せざるを得ない状況に追い込まれた。
  3. 医療アクセスの格差: 結果として、都市部と地方部、あるいは拠点病院と中小病院の間で、医療アクセスの格差が拡大した。

また、外科医を対象とした日本外科学会のアンケートでは、働き方改革による医療安全面への影響について「良くなった」とする回答(5.2%)に対し、「悪くなった」とする回答(9.2%)が上回る結果となった 。これは、手術時間の制約や引き継ぎの増加が、かえって医療の質や患者の安全管理に歪みを生じさせている懸念を裏付けている。時間外手術に対するインセンティブ(手当)についても、6割の外科医が「付与されていない」と回答しており、労働対価の不均衡がモチベーション低下を招いている 。   

【インサイト】 「働き方改革」は、医師という専門職の労働環境適正化においては歴史的な一歩であったが、その代償として国民側には「アクセスの制限」という形で負担が転嫁され始めている。2025年は、夜間・休日診療の集約化がなし崩し的に進んだ年と言える。これは地域医療構想  における「病床機能の分化・連携」を、政策的な誘導ではなく、マンパワーの枯渇という物理的制約によって強制的に加速させた側面がある。今後の医療政策は、医師の労働時間を守りつつ、いかにして医療空白地帯を作らないかという、極めて困難なパズルの解を求められることになる。   

2. マイナ保険証の完全移行と医療DXの停滞

【概要】 2024年12月の現行健康保険証の新規発行停止を受け、2025年は「マイナ保険証(マイナンバーカードと健康保険証の一体化)」への完全移行に伴う現場の混乱と適応が主要なテーマとなった。また、それに続く医療DX施策として期待された「電子処方箋」の普及も、目標に対し大幅な遅れを見せた。

【詳細分析】 2025年を通じて、医療機関の窓口ではマイナ保険証のカードリーダー読み取りトラブルや、資格確認の不具合への対応に追われた。12月時点での報告では、各セクターでマイナ保険証への移行が最大の関心事となっており 、現場からは「資格確認ができない場合の対応(資格確認書の発行や窓口負担割合の確認等)」に関する事務手続きの煩雑さが課題として指摘され続けた。   

一方で、メリットの顕在化も見え始めている。PHR(パーソナル・ヘルス・レコード)の進展により、薬剤情報や特定健診情報を医療機関が一元的に閲覧できる環境が整いつつある 。これにより、重複投薬の防止や、救急搬送時に意識のない患者の既往歴を把握するといった具体的な臨床上の利点が、現場レベルで実感され始めたフェーズでもある。   

しかし、もう一つのDXの柱である「電子処方箋」の普及は低迷している。2025年12月時点での導入率は、医療機関と薬局全体で37%にとどまっている 。   

  • 薬局: 87.1%(高い導入率)
  • 病院: 17.8%(低迷)
  • 医科診療所: 23.9%(低迷)

薬局側は調剤業務の効率化や入力ミス削減という直接的メリットを享受しやすいのに対し、処方医(特に開業医)にとっては、現状の運用フローを変更するコストやシステム改修費、サイバーセキュリティ対策費が重荷となり、導入へのインセンティブが働いていない状況が浮き彫りとなった。

【インサイト】 2025年の医療DXは、「インフラの整備」と「ユーザー(医療者・患者)の受容」の間に深い溝があることを露呈した。「ハコ(システム)は作ったが、魂(利用実態)が入らない」という日本のIT政策の典型的な課題が再現されている。特に高齢者を中心とした患者のリテラシー向上と、例外処理への対応コストが医療機関の経営資源を圧迫している。この「痛み」を乗り越え、2026年以降に予定される「全国医療情報プラットフォーム」へ接続できるかどうかが、日本の医療効率化の成否を握っている。

3. 医薬品供給不安の常態化と2026年薬価改革議論

【概要】 数年前のジェネリック医薬品(後発医薬品)メーカーの不祥事に端を発した医薬品の供給不足は、2025年に入っても完全な解消には至らず、医療現場における処方調整や薬局での在庫確保が、診療そのものを阻害する重大な業務負荷となった。

【詳細分析】 厚生労働省が2025年8月に公表した医薬品の供給状況調査によれば、状況は「相当程度改善してきている」と総括されているものの、個別の品目レベルでは依然として深刻な課題が残っている 。   

  • 調査結果: 調査対象品目のうち、出荷量が増加または通常通りである品目は多数を占めるが、依然として「限定出荷(B区分)」や「供給停止(C区分)」の品目が存在している。
  • 具体例: 高血圧治療薬「テルミサルタン」のジェネリック医薬品など、生活習慣病の基礎的治療薬において供給不安定が続き、代替薬への切り替えや薬局間での在庫融通に多大な労力が割かれている 。   

これに対し、2026年度の薬価制度改革に向けた中医協(中央社会保険医療協議会)の議論では、「安定供給の確保」が、イノベーションの評価と並ぶ最重要柱の一つとして位置づけられた 。具体的には、不採算品目の薬価引き上げ(下支え)や、「基礎的医薬品」の要件緩和、さらにはサプライチェーンの強靭化に取り組む企業を評価する仕組みが検討されている。日本医師会の松本会長も、OTC類似薬の保険適用除外議論に強く反対し、国民皆保険下での医薬品アクセス維持に危機感を表明している 。   

【インサイト】 医薬品供給問題は、2025年において「一時的な不祥事対応」から「構造的な薬価システムの限界」へと認識が完全にシフトした。長年の薬価引き下げ圧力が、メーカーの設備投資余力を奪い、品質管理や増産体制の脆弱性を招いたというコンセンサスが形成された。2025年は、コスト削減一辺倒だった薬剤費抑制政策が、国家安全保障にも通じる「供給セキュリティ」の観点から修正を迫られた転換点として歴史に刻まれるだろう。

4. 医療機関の経営破綻:診療所の「多死」時代

【概要】 物価高騰、人件費の上昇、そして2024年度診療報酬改定の影響が複合的に作用し、2025年は医療機関、特に診療所(クリニック)の倒産や廃業が高水準で推移した。「医者になれば安泰」という神話が崩壊し、地域医療の足元が揺らいだ1年であった。

【詳細分析】 2025年上半期における医療機関の倒産件数は35件を記録し、過去最多となった 。通年でも高水準で推移し、その内訳には特徴的な傾向が見られる。   

  • 小規模施設の淘汰: 無床診療所や歯科医院において、経営者の高齢化に伴う事業承継難(後継者不在)に加え、コストプッシュ型の経営悪化が重なった事例が多発した。
  • 病院の苦境: 20床以上の病院においても倒産が急増しており 、建設費高騰による老朽化病棟の建て替え断念や、コロナ融資(ゼロゼロ融資)の返済開始による資金繰り悪化が引き金となっている。   
  • 患者数の未回復: 2025年1月の病院報告によれば、患者数はコロナ禍前(2020年1月)と比較して入院で5.4%減、外来で7.2%減となっており 、患者数が戻りきらない中で、光熱費や人件費だけが上昇するという「スタグフレーション的経営環境」が定着している。   

日本医師会の松本会長は、2025年の倒産が「過去最高水準」になることへの強い懸念を表明し、「どこかをマイナスにして引き上げる状況ではない」と、診療報酬改定におけるプラス改定の必要性を訴え続けた 。   

【インサイト】 医療機関の倒産増加は、単なる市場の新陳代謝では片付けられないリスクを孕んでいる。特に地方部や過疎地において、唯一の診療所が閉鎖することは、即ちその地域の医療崩壊を意味する。また、都市部においても過当競争エリアでは財務基盤の弱いクリニックが淘汰されている。これは、国が進める「かかりつけ医機能の強化」とは裏腹に、かかりつけ医そのものが経済的理由で消滅するというパラドックスを生んでいる。

5. 研究開発の光明と国際保健の潮流

【概要】 暗いニュースが多い中で、基礎医学分野では明るい話題もあった。大阪大学の坂口志文特任教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、日本の基礎研究の底力が再評価された。また、WHO(世界保健機関)の動向からは、新たな公衆衛生上の脅威として「孤独」や「薬剤耐性菌」がクローズアップされた。

【詳細分析】 2025年10月、制御性T細胞(Treg)の発見者である坂口志文氏がノーベル生理学・医学賞を受賞した 。自己免疫疾患やがん免疫療法の基盤となる発見であり、長年の功績が評価された形となった。これは日本の医学界にとって7年ぶり6人目の快挙であり、若手研究者へのエンパワーメントとなった。   

一方、グローバルな視点では、WHOが掲げる公衆衛生課題として、感染症だけでなく「社会的要因」への注目が高まった 。   

  • 孤独・孤立: 健康リスクとしての「孤独」への対策。
  • 薬剤耐性菌(AMR): 既存の抗生物質が効かない菌の蔓延。
  • 肥満・高血圧: 生活習慣病のパンデミック。 これらは日本国内の課題(高齢者の独居増加など)とも完全にリンクしており、2025年は医療の守備範囲が「身体の病気」から「社会的な健康」へと拡大解釈されるべき年であることを国際的な潮流が示した。

【インサイト】 坂口氏の受賞は、基礎研究への投資の重要性を再認識させたが、同時に日本の研究力低下(論文数シェアの低下など)への危機感とも背中合わせである。また、WHOが警鐘を鳴らす「孤独」は、次章で述べる介護・福祉分野とも密接に関わるテーマであり、医療が単独で解決できる領域を超えていることを示唆している。