Care Network Design for Ambient Care 第2章
第1章では、DXやAXを考える前に、
- 仕事を一件ごとの トランザクション として見ること
- それらがどれくらい流れているかという トラフィック を見ること
が大切だ、という話をしました。
今度は、その一歩先の視点として、
「業務フロー」を、ひとつの「ルーティングテーブル」として捉え直す
というテーマを扱います。
誰に、どの順番で、どの経路で仕事が渡っていくのか。
ここが歪んだまま「人を増やす」「ツールを増やす」と、
現場の忙しさは、形を変えながら残り続けてしまいます。
1. 業務フローは「社内ルーティングテーブル」
ネットワークの世界では、
パケットの行き先を決めているのが ルーティングテーブル です。
- どの宛先に向かうパケットを
- どの経路から出すのか
が、あらかじめルールとして整理されています。
職場の仕事も、よく見ると同じ構造を持っています。
- 「この内容は、まず誰に伝えるのか」
- 「誰の確認や承認を経て、どこに落ち着くのか」
- 「例外の場合は、最終的に誰に相談が集まるのか」
これらは、暗黙のうちに
社内ルーティングテーブル として動いています。
ただ多くの現場では、このテーブルは
- 文書化されていない
- 歴代の慣習と「なんとなくの空気」でできあがっている
ことが少なくありません。
その結果として、
こんな言葉があちこちで聞こえてきます。
「とりあえず、あの人に回しておいて」
「迷ったら、まず○○さんに相談して」
これは、ネットワークの用語でいえば
“なんでも流す default route(デフォルトルート)” が
人に紐づいてしまっている状態です。
2. 「default route」が生む静かな渋滞
default route は、本来とても便利な仕組みです。
行き先がはっきり分からないパケットを、
最後に受け止める場所。
しかし、ここに何でもかんでも流し込んでしまうと、
特定の場所に仕事が集中し、「静かな渋滞」が生まれます。
現場では、こんな形で現れます。
- 相談・決裁・トラブルが、いつも同じ人に集まる
- その人のメールボックスだけが常に満杯
- デスクの上に紙の山ができ、チャットの通知も止まらない
周囲から見ると、
- 「頼りになる人」であり
- 「仕事の早い人」に見える一方で
その人だけが、
社内ネットワークのボトルネック になっている可能性があります。
そして、こうした「人に紐づいたdefault route」は、
DXやAXを導入してもそのまま残りがちです。
- メールの代わりにチャットになっても
- 紙の代わりにワークフローシステムになっても
「とりあえず、あの人へ」 というルートが変わらない限り、
渋滞ポイントは移動しません。
3. 忙しさの前に「経路」を問い直す
現場が忙しく見えるとき、
最初に浮かびやすいのは「人を増やす」という選択肢です。
もちろん、本当に帯域(人手・時間)が足りないケースもあります。
ただ、その前に一度だけ立ち止まって、
「今のルート設計は、合理的だろうか?」
と問い直してみる価値は大きいと感じています。
ネットワークの世界では、
回線を増やす前に必ず、
- 経路の見直し
- 負荷の偏りのチェック
が行われます。
業務も同じように、
- すべてを同じ人・同じ部署に通す必要が本当にあるのか
- もっと手前で判断・対応できるポイントはないのか
- 内容や重要度によって、ルートを分けられないか
といった視点で眺めてみると、
「増員」の前にできることがいくつも見えてきます。
4. 現場でできる「ルーティングテーブルの見直し」3ステップ
ここからは、特別なツールを使わずに、
紙とペン、あるいは1枚のシートでできる見直しの方法を
3つのステップで整理してみます。
ステップ1:今のルートを「線で描いてみる」
まず、対象とする業務を1つ決めます。
- 利用者からの相談
- 職員の休暇申請
- 設備の不具合報告
- 苦情・ヒヤリハットの報告
など、日々繰り返し発生しているものがおすすめです。
そして、
- 最初に誰が受け取り
- 次に誰へ渡し
- どの書類・システムを経由し
- 最終的に誰が判断しているのか
を、シンプルな矢印でつないでみます。
このとき、
- いつも同じ人のところで止まりやすい
- そこで「待ち」が発生しやすい
と感じるポイントに、印やメモをつけておきます。
きれいな図にする必要はありません。
大切なのは、
「実際には、こういう経路で流れているよね」
と、関係者同士でイメージを共有できることです。
ステップ2:default route を減らす
描いてみた業務フローの中から、
- 「迷ったら、すべてここへ」
- 「最終的には、必ずここへ」
というノード(人・部署)を探します。
次に、その人が普段行っている判断や作業を、
- ルールとして整理できないか
- チェックリストやフォーマットに落とせないか
- 一部を現場や別の役割に委ねられないか
という視点で細かく見ていきます。
目指したいのは、
「その人しかできない判断」ではなく、
「組織として共有できるルール」に置き換えられる部分を少しずつ増やすこと
です。
default route をゼロにする必要はありません。
ただ、「すべてがそこに流れ込まなくてもよい状態」をつくることはできます。
ステップ3:ルートを「分ける」「近づける」
最後に、ルートそのものを調整します。
具体的には、たとえばこんな工夫が考えられます。
- 内容ごとにルートを分ける
- 利用者支援に関すること
- 人事・労務に関すること
- 設備・環境に関すること
など、テーマごとに「最初の窓口」を変える。
- 優先度ごとにルートを変える
- 命や安全に関わるもの
- 法令・制度に関わるもの
- 改善・提案に関わるもの
など、重さに応じて経路や扱い方を変える。
- 「現場で完結できる範囲」を少し広げる
- 一定の条件を満たしていれば、現場判断で対応してよい
- その代わり、「あとから共有」のルールだけを徹底する
ネットワーク設計と同じように、
「すべてのパケットが、同じ一点に集中しなくてもよい」
という状態を目指すことで、
結果的に「忙しさの質」は大きく変わっていきます。
5. DX/AXと「ルート設計」の関係
新しいツールやシステムを導入するDX/AXの場面でも、
このルート設計の視点は欠かせません。
ワークフローを導入したのに、承認が遅くなるケース
よくあるのは、
- 紙のときの承認経路を、そのままシステムに載せただけ
- 内容に関係なく、すべての申請が同じルートを通る
というパターンです。
この場合、
「見える化はされたけれど、詰まる場所は変わっていない」
という現象が起きます。
DXによって、
- 承認待ちの件数や
- ボトルネックとなっている場所
は「見える」ようになりますが、
ルーティングテーブルを変える勇気 がなければ、
現場の体感はあまり変わりません。
チャットやタスク管理ツールで「情報の渋滞」が起きるケース
チャットツールやタスク管理を導入した現場で、
- すべての情報が「全員宛て」で流れてくる
- どのチャンネル・どのボードを見ればよいか分からない
- 通知が多すぎて、本当に重要なものを見逃してしまう
という悩みを聞くこともあります。
これもまた、
「どこに、どんな情報を流すか」というルート設計がないまま、
送信手段だけ高速化してしまった状態
だと言えます。
DX/AXを検討するときこそ、
- 誰に向けた情報なのか
- どのくらいのスピードで届いていればよいのか
- どこに残っていれば、あとから見返しやすいのか
といった「ルーティングの設計」を、一度立ち止まって考える必要があります。
6. 現場を守るための「経路のデザイン」
ケアの現場は、本来、
- 利用者とゆっくり向き合う時間
- ご家族の話を丁寧に聴く時間
- 職員同士で振り返り、学び合う時間
にこそ、最大の価値があります。
だからこそ、
- 誰に回せばいいか分からず、仕事がたらい回しになること
- default route に選ばれた人だけが、静かに疲弊していくこと
- 経路の悪さのせいで、ケアに向けるはずだった時間が削られてしまうこと
は、できるだけ少なくしたいところです。
業務フローを「ルーティングテーブル」として捉え直すことは、
現場の時間と注意を、
本当に向けたいところへ戻していくための、静かな設計作業
なのだと思います。
7. まとめ:人を増やす前に、流れを整える
第2章のメッセージを、一文にまとめるならこうなります。
忙しさに押されて「人を増やす」「ツールを増やす」と考える前に、
今の業務フローを「社内ルーティングテーブル」として見直してみる。
- どこに default route ができているのか
- どこでパケット(仕事)が滞りがちなのか
- どの部分なら、ルール化や分散ができそうか
を、落ち着いて見てみること。
それは、
Ambient Care Design が目指す「ケアの再人間化」に向けて、
ケアのネットワークそのものを少しずつ整えていく営みでもあります。
