Care Network Design for Ambient Care 第3章
現場からよく聞こえてくる言葉のひとつに、
- 「人が足りない」
- 「これ以上は、もう回らない」
というものがあります。
もちろん、本当に人手や時間という 「帯域」 が足りないケースもあります。
一方で、ネットワークの視点から現場を眺めていると、こう感じることも少なくありません。
「これは帯域不足というより、特定の場所で“輻輳(ふくそう)”が起きているのではないか」
今章では、
- 帯域不足とは何か
- 輻輳とは何か
- その違いをケア現場の業務に当てはめるとどう見えるのか
を、静かに整理していきます。
1. 帯域不足と輻輳は、まったく別の問題
ネットワークの世界では、よく次のように区別されます。
- 帯域(Bandwidth)
→ 回線として「理論的にどれくらい流せるか」という容量の話 - 輻輳(Congestion)
→ 実際の運用の中で、
特定の経路や機器にトラフィックが偏り、一時的に詰まってしまう状態
これを、ケア現場の仕事に置き換えてみると:
- 帯域不足
→ 組織全体として、どう見ても人数も時間も足りていない - 輻輳
→ 特定の人・特定の時間帯・特定の業務だけが極端に詰まっている
という違いになります。
両者は「見え方」は似ていても、対処方法がまったく異なります。
2. 現場で起きている「輻輳」のサイン
では、どのようなときに「輻輳」を疑ったほうがよいのでしょうか。
いくつか、現場でよく見られるパターンを挙げてみます。
2-1. 特定の人だけ、常に忙しそうに見える
- 同じ部署でも、残業はいつも同じ人に集中している
- 相談・決裁・問い合わせが、その人に一気に集まる
- 「○○さんがいないと回らない」とよく言われる
この場合、
組織全体の帯域不足ではなく、
その人のところだけトラフィックが集中している
可能性があります。
2-2. 時間帯によって「ラッシュ」の差が激しい
- 朝の始業直後に、メールやチャットが一度に押し寄せる
- 夕方の決まった時間帯に、記録・申し送り・日報が重なる
- 会議後に、確認や依頼が一斉に飛んでくる
このような場合、
一日を通して帯域が足りないのではなく、
特定の時間帯にトラフィックが集中している
と考えたほうが自然です。
2-3. 人を増やしても、忙しさが変わらない
- 新たに職員を採用したのに、「楽になった実感」が薄い
- むしろ、教える手間や引き継ぎが増え、ベテランの負担が増している
こうした場合、
帯域を増やす前に、
トラフィックの流れ方や偏りを見直すべきだった
という可能性があります。
3. 「帯域不足」と「輻輳」の見分け方
直感だけで判断せず、
落ち着いて状況を見分けるための問いをいくつか用意しておくと便利です。
問い①:忙しさは「全員」に同じようにかかっているか
- チーム全体が、似たような忙しさを感じている
→ 帯域不足の可能性が高い - 特定の人・役割だけが、極端に忙しい
→ 輻輳が起きている可能性が高い
問い②:一日中ずっと忙しいのか、時間帯に波があるのか
- 朝から晩まで、ほとんど休みなく業務が続いている
→ 帯域不足を疑ってよい状態 - 一部の時間帯だけ極端に詰まっていて、
それ以外は何とか回っている
→ トラフィックの平準化で改善できる余地がある
問い③:その仕事は「本当に」その人でなければできないのか
- 法律・資格・責任上、その人にしか任せられない
→ 帯域そのものをどう確保するか、という議論が必要 - 「いつもそうしているから」「他の人がやったことがないから」
という理由で集まっている
→ ルールや役割分担の見直しで、輻輳を減らせる余地がある
4. 輻輳への処方箋:3つの視点
輻輳が疑われるときに、
いきなり増員やシステム投資に向かうのではなく、
まずは次の3つの視点から整理してみることが有効です。
4-1. 「経路を変える」視点(第2章とのつながり)
- すべてを同じ人・同じ部署に通す必要があるか
- 内容によって、別のルートに分けられないか
- 一部は現場判断で完結し、「あとから共有」に変えられないか
これは、第2章で扱った「ルーティングテーブルの見直し」と直結します。
同じ帯域でも、ルート設計を変えるだけで輻輳は大きく緩和されることがあります。
4-2. 「時間帯をならす」視点
- すべてを朝会・夕会・終業前に集中させていないか
- 記録・集計・報告などを、時間的に分散させられないか
- 週に一度まとめてよいものを、毎日処理していないか
ネットワークでいう「トラフィックシェーピング」に近い考え方です。
たとえば、
- 日々の記録はシンプルにし、詳細な振り返りは週1回にする
- 全員一斉の申し送りを減らし、「共有すべきことだけ」を別の形で残す
- 締め切りを一律「今日中」ではなく、「今週中」「月内」と段階づける
など、小さな調整で“ピーク時の詰まり”を緩和できることがあります。
4-3. 「やめる/減らす」視点
輻輳を起こしているノード(人・部署)に集まる仕事の中には、
- 役割の重複
- 過去の経緯で残ってしまった手続き
- 「一度始めたから続けているだけ」の報告
が紛れ込んでいることがあります。
そこで、
- 本当に必要なトランザクションか
- 目的が変わっていないか
- 他の仕組みで代替できないか
を落ち着いて確認し、
「やめるDX」「減らすAX」
を実行することも、重要な選択肢です。
5. それでもなお帯域不足なら、「増やす」議論を正面から
トラフィックの偏りを整え、
ルートを見直し、
不要なトランザクションも整理したうえで、
- なお全員が限界に近い
- 残業や休日対応が常態化している
- ケアの質を守るためにも、これ以上は削れない
という状況にあるなら、
そこではじめて、
「帯域を増やす=人手・時間を増やす」
という議論が、説得力を持って立ち上がります。
この順番を大事にすることで、
- 「本当は輻輳だったのに、帯域不足だと誤解して増員だけしてしまう」
- 「増やした人手が、結局は同じボトルネックに吸い込まれていく」
といった状況を、ある程度防ぐことができます。
6. ケアの現場にとっての「輻輳をほどく」ということ
ケアの現場では、
- 人と向き合う時間
- 相手のペースに合わせる時間
- チームで振り返る時間
が、本来の価値の源泉です。
だからこそ、
- 特定の人に過剰な負荷がかかり続けること
- 特定の時間帯だけ緊張状態が続くこと
- 経路や設計の問題で、ケアに向けるべき力が削られてしまうこと
は、できるだけ小さくしていきたいところです。
輻輳をほどいていく作業は、
「誰が頑張るか」ではなく、
「どう流すか」「どこでとどめるか」を見直す作業
とも言えます。
それは、個人の努力を前提にした働き方から、
ネットワークとしてのケアのあり方を整える方向への、
静かなシフトでもあります。
7. まとめ:その「人手不足」、一度だけ“輻輳”を疑ってみる
第3章をひと言でまとめるなら、こうなります。
「人が足りない」と感じたときこそ、
それが本当に帯域不足なのか、
それとも特定の場所での“輻輳”なのかを一度立ち止まって見てみる。
- 忙しさが「全員」に均等にかかっているのか
- 特定の人・時間帯・業務に集中していないか
- 経路・時間帯・不要な仕事の整理でほどける部分はないか
を、落ち着いて見ていくこと。
それは、
Ambient Care Design が目指す「ケアの再人間化」に向けて、
人に無理をさせる前に、
ネットワークとしての設計を整える
という選択肢を取り戻すことでもあります。
